デジタルトランスフォーメーション研究所

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日本の行政サービスデジタル化の惨状①

賞与不支給報告書の提出依頼

 「社会保険関係書類提出に関する重要なお知らせ」が日本年金機構から届く。表紙に書いてある通り、早めに開封して中を確認したところ「賞与不支給報告書」、「被保険者賞与支払い届」のどちらかを提出する依頼文書である。この文書は年に2回送られてくるが、弊社はいつも賞与を支給しないので、そもそもこの手続きをしたくないのだが、手続きしないと、何度も催促がくることが判っているので、早々に「賞与不支給報告書」を提出する対応しようとする。

日本年金機構から届いた書類

インターネットで電子申請ができる

 よく見ると、送り状にあたる1枚目のレターに、便利なインターネット経由手続きをするように案内がある。前回もダウンロードした記憶はあり、何か嫌な記憶があった気もするが、記入して郵便局に行かなくて済むなら、GビズIDと届書作成プログラムで電子申請をしてみようと考え、GビズIDを立ち上げようとする。

インターネット手続きを推奨するレター

GビズIDとは、法人の基本情報管理するプラットフォームであり、個人の基本情報を管理するマイナンバーと共に、行政サービスや関連サービスの効率化に欠かせないものである。このプラットフォームにより、オンスオンリー(一度入力、変更したものは、他の手続きで再度記入、届けなくてもよい)の実現が期待されている。

GビズIDについての詳細

GビズIDにログイン

 まず、ブラウザでGビズIDにログインしてみる。GビズIDを認証するためには、スマートフォンで認証しなければならない。この仕組は二要素認証と呼ばれ、パスワードを盗まれても、スマートフォンを盗まれなければ、他人に悪用されないようのセキュアな仕組みである。

GビズIDの認証待ち画面

しかし、私のスマートフォンにSMSや電子メールなどの通知が届いたことは、いまだに一度もない。やむをえないので、スマートフォンでGビズIDのアプリを起動して、認証ボタンを押す。

スマートフォンのGビズID認証アプリのの認証待ち画面  

 認証してGビズIDにログインすると、改めて私のメールに、「普段使わない端末からGビズIDへのログインがあった」という警告が届く。毎回同じ端末でログインしているのに不思議だ。そしてメールが送れるなら、認証依頼もメールで送れそうなものだが。

問題は届書作成プログラム

 GビズIDに無事ログインしたところで、GビズIDは単なる基本情報を管理するだけのサービスであり、何かの手続きができものではないことに気づき、届書作成プログラムを探す。 これはクラウドのサービスではなく、Windowsなどにインストールする昔ながらのプログラムだ。最近このようなサービスのほぼすべてがクラウドサービスで提供されているため、ついブラウザで検索してしまいやすい。さっそく、半年前にインストールしたプログラムを発見して、起動してみる。

届書作成プログラムからの警告

 すると、上記警告が現れ、最新バージョンにアップデートすることを促される。このような行政サービスは、かなりの頻度で更新が必要になると予想されるので、やはり、このようにプログラムを配布するより、クラウドサービスで構築するべきだ。利用者の利便性が著しく下がり、トラブルの原因になる上に、プログラムの配布、インストールのサポートなどでサービス提供者側に大きなコストがかかることから、納税する立場としても、無駄遣いしないでほしいと思う。なお、警告のOKボタンを押すと、現バージョンの画面が普通に立ち上がってしまうので、「あれ? バージョンアップしなくても大丈夫なの?」と思ってしまう。

 念のため、日本年金機構のホームページで確認すると、以下の説明がある。

日本年金機構のホームページの説明

 私のインストールしていたプログラムはバージョン26.0であり、もう届出に使用できないと書いてある。警告をちゃんと読まずにOKボタンを押してデータ入力を進めてしまい、無駄な時間を費やす人は多いことだろう。サービス提供者は、このあたりの利用者の時間とコストを無駄にしないでいただきたい。

 更新プログラムは、少しサイトの深いところにあり、見つけにくい。バージョンアップの度にインストールしないとならないのであれば、もうすこしバージョンアップするユーザー向けに親切な導線にしていただきたい。普及を狙っているのだろうが、初めてインストールする人に向けた説明がサイトの情報のメインの流れになっており、何度も訪問することになるであろうバージョンアップのためのユーザーに対する導線は不親切である。

 ダウンロードして上書きをするのは、簡単だった。サイトには、手順書のようなものがたくさん掲載されているが、わざわざ手順書を作るほどのものではないような気もする。手順書がたくさんあると、利用者側も気が滅入る場合もあると思うものの、必要な人もいるかもしれない。

今回必要な必要な手続きは存在しなかった

 届書作成プログラムを開くと、以下の昔風のプログラムが立ち上がる。

届書作成プログラムの画面

 そして、そこには、「賞与不支給報告書」という届出のメニューは無かった。ここで私は、ようやく同じことを半年前に経験したことを思い出した。半年前、私は画面にあるメニューをいくら触ってみても、使い方説明書を見ても、「賞与不支給報告書」というメニューが見つからないことに気づき、コールセンターに平日日中になるのを待って電話したところ、「その手続きは本システムには搭載されていません」との回答。「わざわざインターネットで申請することをお薦めするレターをいただいたので、半日かけて試行錯誤したのですが・・・」「それなら、レターでインターネットを推奨しないほうがいいのでは?」と言っても、埒が明かず、それ以上何もできずに書類を郵送する手続きをとったのが半年前の体験だった。半年後にまた同じトラップにハマってしまった自分にがっかりすると同時に、苦情を言っても何も進歩しない日本年金機構の現状にもがっかりでした。

使えないオンラインサービスに利用者は移行しない  

 日本年金機構に限らず、税務署や法務局の手続きについても、インターネットで対応できる手続きとそうでない手続きが混在していることが多い。今回の場合は、そもそもネットで対応していなかったのだが、混在していることを気づいている利用者や、そのような可能性を薄々危惧している利用者は、ネットでの手続きを避ける傾向にある。成熟したシステムになるまでは無駄な時間をかけるのを避けてアナログな手段を継続するのだ。

 よくネット手続きを作ったのに普及しないなどと嘆いている行政機関があるが、このような体験をすると、利用者は当面行政が提供をするオンラインサービスを試してみようと思わなくなるため、普及しなくて当然である。

オンラインに移行する際に気を付けるべきこと

 サービス提供者は、オンラインサービスを作るや否や、普及させるためのチラシを印刷したり、利用者に薦める傾向があるが、一度利用者が残念な経験をすると、オンラインサービスにトライしようとするモチベーションは大きく下がる。オンライン行政サービスへの不信感だ。そのため、サービス提供者には、オンライン移行の際に気を付けてほしいことがいくつかある。

 利用者の利便性、合理性などを考えると、それぞれの手続きの最適化の形は、従来の紙で行っていた際と全く異なる。しかし、紙の帳票をそのまま画面上に展開し、入力させるようなシステムが多い。法人住所など、もうGビズIDで確認できている情報も含めて入力させるのも珍しくない。ここはワンスオンリー(一度入れた情報は何度も入れなくて済む)や、利用者の実現したいことに応じたインターフェースの最適化にぜひ取り組んでいただきたい。そのためには、従来の業務プロセスやフォーマットに固執せず、あるべき姿をイチから設計するスキルが全行政職員に必要となる。また、利用者は手続き自体がしたかったわけではないので、そもそもその手続きはどうしても必要なのか利用者の手間(意思表示や情報提供など)を最少化するにはどうすればよいか、複数手続きが連続的に必要な利用者体験をいかに最適化するか(ワンストップ)などを真剣に検討いただきたい。エストニアでは、利用者が申請しなくても、補助金の対象者に自動的に補助金が振り込まれるような仕組み(ノンストップ)も実現している。もちろん、これらのためには、国のプラットフォームにマイナンバーやGビズIDのようなものが整備管理され、所得などの情報が一元管理されている状態になっていることが必要があり、セキュリティがしっかり担保されていることも重要だ。

 しかし、わが国では、コロナの一時給付金を支払うのに、対象者を絞り込むこともできず、全国民に支払うこととしたものの、その手続きに1500億円を要し、それ以外におそらく数字には表れていない大量の職員リソースを各自治体が負担したことなど、日本の行政サービスの無駄は日常的に膨大な量にのぼっていると予想される。もちろん、利用者の手間を最少化することも大きな課題だが、それ以上に行政側の人的リソースの効率利用がさらに大きな問題だと考えている。

 オンライン移行する際に課題となるポイントとして、過去データの移行の問題がある。過去データを新しいシステムに入れるべきであることは重々わかるが、そのために莫大な歳月を要するのは本末転倒である。これからの運用のためにないとならないものだけをデータ化し、あまり閲覧する必要のない情報は、いざというときに閲覧できる環境を整えておくなどの対策も必要である。

行政の人的リソースは、社会課題解決に振り向ける

 そのような形で早くオンライン中心で職員の手間がかからない行政サービスにしていかなければ、日本の収支は「巨大な固定費を抱えて身動きのとれない企業」同然になってしまい、資金や人のリソースを新しい分野に振り向けられない。企業の場合は、その先にあるのは倒産である。

 行政がリソースを有効に活用し、振り向けるべき新しい分野とは、社会課題の解決やや新しい価値を創造するリーダーシップの発揮などである。今我が国をとりまく社会課題の多くは、民間企業1社1社の努力で解決が難しいものが多く、行政(中央省庁、自治体など)がリーダーシップを発揮することが必要であるからだ。

 持続可能な日本を実現するためには、このような行政職員の組織行動の変革も含めたDXを成功させなければならない。