【DXの定義の解説③】経済産業省定義(2018年)

経済産業省定義(2018年)

経済産業省は、2018年12月に「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(通称:DX推進ガイドライン)」を公開し、DXを以下のように定義している。

“企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。”

— 経済産業省「DX推進ガイドライン」より

参考)経済産業省「DX推進ガイドライン」

定義策定の背景

 当時、DXという言葉は今ほど知名度がなかったものの、これからの日本の競争力を高めるための国策として、経済産業省はDXというキーワードに行きついた。単なるIT化やデジタル化にとどまらないビジネスモデルや戦略、そしてそれを支える組織行動の変革としての企業のDXが日本の競争力を高めるために重要であることを認識し推進を始めた経済産業省の視点は非常に正しかった。ただ、DXを実行するべき当事者が経営者自身であり、情報システム部門や現場主導では、真の変革が非常に困難であること、それが認識されず、多くの経営者が自分事としてDXを捉えないために、日本企業のDXがうまく進まないという課題が噴出するのは、それより後になってのことである。

 経済産業省が推進を開始した当時、DXについての共通認識が確立していなかったため、DXが単なるIT化やデジタル化と混同されないよう上記の通り、DX推進ガイドラインの中で、DXという言葉を公的に定義した。本定義策定前におけるDXの定義としては、DXの原点となるエリックストルターマン氏(弊社Excecutive Advisor)の言葉および前年にやはり民間企業にとってのDXを定義するべきと考え、公開した弊社の定義くらいしか見当たるものはなかったからだ。また、経済産業省版のDXの定義を公開する前には、弊社を含めた有識者からのヒアリングに力を入れられていたことを覚えている。

参考

エリックストルターマン氏定義(2004年)の解説

デジタルトランスフォーメーション研究所定義(2017年)の解説

 本定義が公開される2018年度は経済産業省にとっても、DX推進元年ともいえる年で、この年を皮切りに継続的に民間企業のDX推進に取り組むことになった年である。最初の動きとしては、2018年 5 月、青山幹雄氏(南山大学理工学部ソフトウェア工学科 教授)を座長とする「デジタルトランスフォーメ ーションに向けた研究会」を発足させた。また、同年9月には、「DX レポート~IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~」を公開した。その他、DX投資の補助金やDX認定制度などを実施したことにより、国内の民間企業にDXというキーワードが浸透し始めた。

定義のイメージ

 本活動は日本企業がDXに取り組むための契機を与える重要な取組みになったものの、「DX レポート~IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~」については、レポートの内容が「デジタルで進化する新しい環境においてとるべき戦略やビジネスモデル」、「デジタルを活用した新しい価値を創造できる組織になる」、「新しい価値提供を支える組織行動に変革する」といったDXにおける重要項目よりも、従来のITの延長での中期的計画をウォーターフォール型にプランニングするような色合いのものになってしまった。また、内容面でも、IT部門の方(CIO、情報システム部長、情報システム部門のメンバー)に向けた用語の使い方が多く、IT部門がIT中計を説明するために参照することはあっても、経営者が手に取って読むようなものにはならなかった。つまり、経営者がDXを自分事として捉えることが重要であるにも関わらず、この点ではつまづきが発生してしまった。私の推測になるが、主な原因としては研究会メンバーが日本を代表するIT企業の幹部中心であり、IT業界やその顧客である従来のIT部門の目線に寄りすぎてしまったことが原因として考えられる。

 とはいえ、民間企業にとってのDXというコンセプトが産業全体に浸透し、経済産業省という公式な定義が作られたことは、それ以降、様々な企業でDXを語る際の1つの基準となるに至った。内容面では、前年の策定した弊社定義に類似しており、DXの本質を捉えていると考える。

定義の解説

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し

デジタルテクノロジーの進化

「企業が」と主語を明示することにより、経済産業省が民間企業のDXを促進するために定義を策定することを目論んだことが明確になっている。

「ビジネス環境の激しい変化に対応し」は、弊社定義の「デジタルテクノロジーの進展で劇的に変化する産業構造と新しい競争原理を予測し」という部分に相当する。環境の変化がデジタル技術によりもたらされると考えるか、それに限らないと考えるかの違いだが、背景の意図としては特に違いはないものと考える。弊社の「産業構造と新しい競争原理を予測し」は、新しいエコシステムや新しいKSFを経営戦略として考えることを想定しているが、その部分は経産省定義では省略されている。とはいえ、自分たちが所属する業界がどのようになるのか、だからどのよおうな戦略やビジネスモデルや価値提供の仕組を設計するのかは重要な論点であることに変わりはない。

データとデジタル技術を活用して

「データとデジタル技術を活用して」は、価値提供の仕組をデータとデジタル技術を活用して実施しなければならないという手段の話である。弊社定義には明記していないが重要な部分である。ここで着目するべきは、「データ」と「デジタル技術」を整列で記載していることである。データは、価値提供の仕組を支えるための原料のようなものであり、デジタル技術は生産設備のようなものである。つまり、どちらが欠けても価値を産むことができないという観点でセットなのである。もちろん、データありき、デジタル技術が目的ではなく、どのような価値提供の仕組/戦略にするかをしっかり先にプランニングをすることが重要であり、「ビッグデータを何かに使おう」とか「何かしらの新しい技術(AI、IoT、RPAなど)を取り入れよう」ということではないということは、肝に銘じて活動をするべきである。

顧客や社会のニーズを基に

「顧客や社会のニーズを基に」は、当たり前のことであると考えて流し読みしてしまう方も多いのではないと思うが、新しいイノベーションをする際に、顧客や社会のニーズを確かめにずに思い込みで製品/サービス開発をしてしまうことは、思いのほか多い。特にこれまでのアナログ消費からデジタル消費にマーケットの軸足が移りつつある今であるからこそ、顧客にとって最適な価値提供のあり方を考え何度もピボットすることが要求される。このようなアプローチを「リーン」「アジャイル事業開発」などと呼ぶ。これからのサービス開発はあっという間に模倣される可能性の高いものが多いだけに、一度使い始めたら他製品/サービスにスイッチされにくい粘着力(エンゲージメント)を発揮できる価値の高いサービスに、高速に進化することが重要となる。結果的にDXにおいての事業開発、システム開発はアジャイルに行われ、従来型のきっちり設計して予算を見積れない場合が多く、新しい投資の企業内ガバナンスも求められている。

製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに

「製品やサービス」は、あえて「製品とサービス」と記載している。通常製品というと物質的な形のある商品であり、サービスと言うと物質的な形の見えにくい商品であると捉えられる傾向が高いためである。ただし、DXで目指す方向性は、デジタルでの顧客接点を活用して、モノづくりからコトづくりへ進化することが多いため、デジタルサービスおよびデジタルサービスに包含された製品の組み合わせに進化することが想定される。その点では、最終的にはサービスという方が正しいかもしれないが、物質的な製品がそのサービスにうまく組み込まれていることにより、差別化可能となる場合もありうる。企業においては、今現在の価値提供の仕組、目指すべき価値提供の仕組をしっかり考えた上で、この2つの言葉をうまく使い分けていただきたい。

「ビジネスモデルを変革する」は、現状のビジネスモデルの一部をIT化、デジタル化することではない。価値提供の仕組自体が変わることを明確に示すための言葉である。提供価値自体については、新しい環境においても市場が求めるものであれば、変わらなくても構わない。ただ、価値提供の仕組が変わるということをビジネスモデルの変革と言っている。ビジネスモデルの変革にあたっては、既存市場に新しい価値を提供する場合、新しい市場に新しい価値を提供する場合などが存在する。また、既存の価値の提供の仕組をカイゼンするというカイゼン型DXも存在する。DXに取り組む企業は、どの分野でどのような取組みをするのかを明確にして、それぞれのカテゴリー毎の方向性や組織行動のあり方を設計することが重要だ。

業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し

変革するべき各要素の例

「業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革」は、価値提供の仕組を変えるためには、今まで企業が構築してきた組織行動を変える必要があり、そのために変革するべき各要素について触れている。組織行動をどう変える必要があるかは、DXで定める上位の方向性や粒度によって異なってくるが、昭和時代に築かれたビジネスモデルを支えてきた組織行動とは大きくことなる。本業の安定性を優先する場合は、これらの要素の変革は新しい価値創造を担う部署に優先的に適用する必要がある。2つの組織行動のあり方を定義し運営することは容易ではないため、経営者のリーダーシップが求められる。また、これらの要素は、今現在のビジネスモデルに対して最適化されているため、1つの要素だけを変革しても、他の要素が従来のままであれば、元の組織行動に自動的に戻るよう設計されている。例えば、デザイン思考研修を社員が受講しても、自席に戻った瞬間から、従来の管理プロセスでマネジメントしている上司が従来通りに行動していると気づいた瞬間に、従来の組織行動に戻らざるを得ないからだ。すべての要素を平仄(ひょうそく)をあわせて進めなければ変革は実現できないことが企業にとっての壁となる。経営者自身も、変革ののろしを上げておきながら、自身が変わっていないなどの問題で、変革の勢いをそいでしまう場合も起こりうる。経営者のリーダーシップと覚悟が重要であると言われるゆえんである。

競争上の優位性を確立すること

「競争上の優位性を確立すること」は、事業価値を向上することでもあり、企業価値を向上させることでもある。そのためには、デジタル技術を活用し、消費者や法人といった顧客が使い始めたら手放せなくなる粘着力(エンゲージメント)を構築し、改善を続けつつ運用することであり、さらに進化した産業のエコシステムの中で、重要なハブとなることである。また、市場のニーズの変化にあわせて、次々と新しい価値創造が実行できる組織行動も競争優位には欠かせない。いきなり競争上の優位性を確立する戦略がデザインできない場合は、まずは生き残りを目指し、カイゼン型DXやつなぎDXを実践しながら、自社の提供価値について継続的に考えることも有効だ。鍵となるのは、経営陣だけで取り組むものでも、現場だけで取り組むものでもなく、組織一丸となって、市場により高い価値を提供するためのイノベーションやカイゼンについて、データドリブンで高速にPDCAを実行し、新しい価値を生み出し続けられる組織になることである。このような組織を具体的に実現することがDXの目的であり、競争上の優位性はその結果であると考える。

これらのDXの定義を通じて、DXの本質を理解し、1人でも多くの経営者がDXのリーダーシップを発揮し、企業を未来へと導いていくことを願う。DX人材がいないと嘆く前に、自らがDX経営人材となるべく、自らの行動を変える新しい一歩を踏み出してほしい。

(荒瀬光宏)

参考(新定義の弊社発表ページ)

デジタルトランスフォーメーションの新定義の内容

参考(他のDX定義の解説)

エリックストルターマン氏定義(2004年)の解説

デジタルトランスフォーメーション研究所定義(2017年)の解説

経済産業省定義(2018年)の解説

日本政府定義(2019年)の解説

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